2010年12月28日火曜日

シアトル旅行と7年前

明日から年明けまで、シアトルに行く。

1週間を超える海外旅行は実に

2005年に世界一周旅行から帰ってきて以来初だ。

年末年始に一人旅を許す家族みなに感謝!




さて旅に用意するものというのは、

長旅だろうと短期旅行だろうと、

実はさして量は変わらない。

肌着3日分と上着に洗面具類と、あとはas you likeだ。




しかしかれこれ7年近く経ったバックパック旅行時と比べ、

格段に便利になったものがある。

ガジェット(電子機器)含む、IT環境だ。



たった7年で、用意するものがここまで変わった。




【2004年】
旅の情報を伝える為のホームページ(をわざわざ作った)
デジカメ(SONYの最新500万画素)
初代ipod(&外付けスピーカー)
ノートパソコン(&外付けDVDプレーヤー)
海外使用専用の携帯電話(をわざわざ新規購入)
世界各地のガイドブック(出国時は相当な冊数!)


 ↓
 ↓
 ↓


【2010年】
ipad(ガイドブックはスキャンして全部この中に。音楽もスピーカーもこれ一丁。)
普段使ってる携帯(今や普通に海外で使える)
デジカメ(新規購入のGRⅢ。今や3万円台。)




旅のレポートをしたければ、現在はこの通り、blogがあり、mixiやfacebookがある。

IT環境を省みると、

たった7年前のことが大昔のように思えてしまう。

現代がいかにものすごいスピードで進化しているか。

しみじみ実感しながら準備しています。

というわけで、行って参ります。

みなさま良いお年を!

2010年12月9日木曜日

上海蟹


上海蟹を食べました。

正直過去に食べた記憶がなく、

もしかしたら人生初食いだったかも。



写真のモノとは違いますが、

上海蟹の老酒付けなるモノが

大変美味しゅうございました。



上海蟹のベストシーズンは10~12月との事。

2010年11月11日木曜日

片山正通 展覧会




仕事帰りに、インテリアデザイナー片山正通さんの展覧会@銀座POLA MUSEUM ANNEXに行ってきた。


この人の仕事っぷりが好きなんです。


自分個人のプライベートでは、

ヨーロッパ調であったり、

アンティークというかヴィンテージというか、

人肌感のある感じが好きだけれど、

そういった個人的な好みとは違うのに、

彼の手がけたお店に行くと、

一言で言うと、


“プロに魅せられちゃったな”


と感じさせられる。



まだ彼が手がけたお店などに行ったことが無いならば、

是非一度足を運んで感じてみてもらいたい。




今回の展示会はちっちゃなものだが、

彼が店舗デザインする際に重視している

という店舗模型が飾ってある。

入場無料なんで、

こちらもお時間ある方はどうぞ。

2010年11月9日火曜日

僕達の元気、日本の元気 ①

最近の日本の空気はやっぱり“暗め”ですよね。

しかし、外国の方の話や、悲観的に見ない視点からだと、

急に日本が自ら“暗く”ならなくても良いと確信できることが沢山ある。



ネットで見かける記事には、

そういう話も沢山あります。

そういう記事を読む度に、

「世間の人々は知っているのかなぁ」

と思うことが間々ある。



自分が見つけた良い話は、

出来るだけ多くの人とも共有したい。




そこで、「僕達の元気、日本の元気」と銘打って、

私がそういう記事を見つけたら、

このblogにUPすることにしました。

まさに僕達の元気は日本の元気。

皆さんの何かしらの糧となれば。



それでは、初回はこちらです↓
池上彰さんに聞く! 日本が国際貢献にお金をかける意味ってあるんですか?
※日経ビジネスONLINEの記事なので、何かしら登録する必要があるのかもしれません。写真付き記事や、連載の続きが見たい方は各自登録を。このblogで読むよりずっと読み易いです。以下は初回記事。


『世界を救う7人の日本人』発売記念連続インタビュー【1】

 この10月、国際貢献の教科書と銘打たれた書籍『世界を救う7人の日本人』が発行されました。著者は、ジャーナリストの池上彰さん。国際貢献の現場で活躍する日本人専門家へのインタビューほか、紛争の傷跡残るスーダンや、日本の農業指導で米作りに挑むウガンダの現場に足を運び、国際協力機構(JICA)のトップ、緒方貞子理事長との対談を掲載した、ライブ感あふれる「教科書」です。
 国際貢献、と聞いても、ちょっと遠く感じる読者の方も多いでしょう。そこで池上さんに改めて日経ビジネスオンラインの読者のために、国際貢献の意義についてお聞きすることにしました

(聞き手は、日経ビジネス記者、山根小雪)

ーー 今回の書籍では、国際貢献の現場を取材するべく、スーダンやウガンダに足を運んでいらっしゃいますね。海外の国際貢献の現場を歩いたのは初めてですか?

池上 実はその前に1回あるんです。2000年に『そうだったのか!現代史』という本を書くために取材でラオスを訪れたとき、山岳民族のモン族の村で活動する国際協力機構(JICA)の方々の方々に偶然出会いました。そこでボランティアを行っていた青年海外協力隊の人たちが「週刊こどもニュース」をかつて見ていたとのことで大歓迎してくれたんです。日本の国際貢献の現場を歩いた初めての瞬間ですね。
池上 彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者として経験を積んだ後、科学・文化部記者を経て、報道局記者主幹に。 1994年4月より11年間「週刊こどもニュース」のお父さん役として、さまざまなニュースを子どもから大人までが理解できる、丁寧かつ独創的な解説を行い、人気を獲得する。2005年3月NHKを退局。以後フリージャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍など幅広いメディアで活躍中。著者に『伝える力』(PHP新書)、『知らないと恥をかく世界の大問題』(角川SSC新書)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など多数。(写真:木村輝)

ーー 国際貢献、と聞いて思い出すのは青年海外協力隊ですが、一般のイメージは「海外で井戸を掘っている」という先入観からなかなか逃れられていないような気がします。近年では、日本の国際貢献の大本であるJICAが事業仕分けでの仕分け対象としてニュースになっていましたし…。日本国民の税金を使って行う国際貢献、本当にどれだけ価値があるんでしょうか?

池上 国際貢献の意義について、ですね。結論から先に申し上げますと、必要です。それでは、なぜ必要なのか。それをこれから順番に説明していきます。

 まず、私が改めて言いたいのは、もう一度自分の足で、自分の目で海外を歩き、見る機会を多くの人が持ったほうがいい、ということです。ウェブで情報が簡単に得られる時代だからこそ、青年海外協力隊やシニアボランティアのような制度を通じて、日本人が知らない世界の知らない土地を肌身で知っていく。それ自体にとても価値がある、と思います。

ベトナムでは、若者たちが昼休みに全員本を読んでいた

 2000年当時の話に戻りますが、ラオスの前に私はベトナムを訪れました。
 二つの国の現場を歩いて見て得た一つの教訓は、「その国がこれから発展するかどうかは、若者が本を読んでいるかどうかを見れば分かる」。

ーー どういうことですか?

池上 ベトナムの首都ホーチミンを訪れたのは真夏の一番暑い時期でした。お昼時になると、みんなお店や家に引っ込んでしまう。しーんと静まり返っている。どうせ昼寝でもしているのだろうとお店の裏を覗いたら、違いました。

 木陰で店番の若者が一心不乱に本を読んでいる。1店だけじゃない。それぞれの店の若者たちがみんな、昼休みを利用して読書にいそしんでいる。「すごいな、これは」と思いました。

 さらにその後、市街の大きな本屋に立ち寄ってみました。本屋さんはその国の文化事情や流行が見えますから、必ず入るようにしています。すると、目の前で万引きした若者が捕まって大騒ぎになっていました。

 彼が何を万引きしたか? 
 英語の本なんです。お金はなくても勉強したくて万引きしたわけです。万引きはもちろんほめられる行為ではありませんが、そこまで本を読んで知識を吸収したい、というベトナムの若者たちの知的渇望を図らずも目の当たりにしたわけです。

 そのあとベトナムからラオスに行きました。首都のビエンチャンの市内を回ったのですが、そもそもまともな本屋さんがない。現地の人に聞いて探し回ったのですが、結局海外からのバックパッカーが読み終えたペーパーバックばかりを集めた古本屋がひとつあっただけでした。

 なおもしつこく本屋を探そうと市場を歩いたら、一角で学校の教科書を売っている人がいました。あとで現地に在住する日本人の方に聞いたら、ラオスは一党独裁政権で愚民化政策を採っており、教育には熱心じゃなかったそうです。最低限の読み書きだけ教えたらおしまい。街中に本屋さんもない。「ああ、この国の発展はまだまだ先のことだろうな」と感じたわけです。

 それから10年たちました。ベトナムの発展ぶりを見てください。ものすごい成長を遂げています。私自身、ベトナムは成長するだろうと予測はしていたのですが、さまざまな数字以上に、現場で目撃した「一心不乱に本を読むベトナムの若者たち」の姿こそが一番の確信材料でした。

 1960年代までの日本は、まさに私が見た2000年ごろのベトナムと似た空気がありました。当時、日本を訪れた外国人が「電車に乗ると、日本人はみんな本を読んでいる。ここは凄い国だ」と驚いている。ベトナムでの私の反応と同じです。

 男も女も老いも若きも、みんなが本を読んでいる国は発展する。現場を訪れて感じなければ分からないことです。

 ジャーナリズムの世界だけではない。あらゆるビジネスや政治や学問の世界でも同じことが言えると思います。その意味でも、まず国際貢献を通じて日本人が外に出る、ということに改めて意義を見出したほうがいいと考えています。

日本の国際貢献が目立たないのは「成功しているから」

ーー とはいうものの、日本の国際貢献については肯定的な報道をあまり見かけないですね。果たしてちゃんと機能しているのか、疑問に思う向きは少なくないと思います。

池上 確かに70年代から80年代前半にかけては、「日本の援助はカネを出すだけだ」と言われたことがありました。でも、その後、日本の国際貢献が機能しているのかどうか、メディアがちゃんと検証したことがあったでしょうか?

 今回、国際貢献の現場を取材して、専門家にお会いして、現地の人々の声を聞いて、改めて思ったのは、「日本の国際貢献はカネだけ」というのは大いなる誤解である、ということです。

 むしろ実態は逆の場合が多い。少なくとも私が取材したスーダンやウガンダでは、日本の国際貢献はきっちり現地で機能していました。

 それでは、なぜ日本の国際貢献が目立たないのか? 欧米の活動のように華々しく報道されないのか? それは皮肉にも、日本の国際貢献のやり方が、最も現地にカスタマイズされた「理想的な方法」で進められているからです。

ーー その「理想的な方法」とは?

池上 国際貢献の現場で活躍している日本人の方々が共通しておっしゃっていたことです。井戸でも、橋でも、学校でも、病院でも、日本の援助で作ったものを、「現地の人々が自分たちで作ったんだ」と思わせること。これが目標であり、理想である、と。これが最高の援助の形なんだ、と。

 なぜだかわかりますか?
 現地の人が「自分たちで作った自分たちの施設だ」と思ってくれない限り、その施設は援助した先進国の人々がいなくなったとたんに、メンテナンスされずに打ち捨てられていくからです。

 たとえば、途上国に援助で病院を建ててあげたとしましょう。建物を作って、医療用品を買い揃えて、現地の自治体に「はい、できました。どうぞお使いください」とただ渡しても、あっという間に病院施設は使いものにならなくなります。なぜならば、現地で足りないのは施設だけじゃなく、その病院そのものを使いこなすノウハウであり、人材だからです。ハードをいくら揃えても、ソフトがなければ動きません。

 どうすればいいか。現地の人たちと同じ目線に立って、病院の運営の仕方を一緒に立ち上げていくわけです。

 その実例をスーダンの首都ハルツームにある病院で目の当たりにしました。こちらの病院は80年代初頭、日本のODAで建てられたものです。ハードは古びており、更新の時期に来ています。動かなくなっている設備もあります。

 けれどもソフト面で見たときに病院はちゃんと機能している。多くの患者たちを今も治療しています。ハードも、ガムテープで修繕して、だましだまし使っていますし、何より病院内はとても清潔に保たれています。

 なぜこの病院は打ち捨てられずに機能してきたのでしょうか。設立当時、日本から来た援助スタッフや専門家たちが、「病院を運営するのに必要なこと」を一から十まで現地の人たちと一緒にノウハウ化して、彼らに継承していったからです。

 毎日掃除を欠かさないこと。定期的に機器のメンテナンスを行うこと…。こちらの病院では、週に1度の休業日を設け、設備のメンテナンスと整備や清掃を徹底的に行っています。30年近く一度も欠かさずに。もちろん、すべて現地のスーダンの方々がオペレーションをしています。

 この病院を寄贈したのは日本ですが、今ではすっかりスーダンの国民の施設となっている。他人から貰っただけのものだと、どうしても扱いが雑になりますが、自分のものだと認識したら大切に扱う。それが人間というものです。

 というわけで、スーダンのこの病院は日本の国際協力の成功事例といえます。けれども成功したのはスーダンの現地の方々が「自分たちで立ち上げて運営しているんだ」という当事者意識を持ったからです。

 国際貢献の世界で日本の影が薄い、と思われがちなのは、皮肉なことに日本の援助が成功しているからなのです。ここに国際貢献の評価の難しさがあるわけです。

―― カネだけ出してヒトは出さない、どころか、むしろヒトを出すのが日本の国際貢献の新常識だったんですね。意外に知られていない事実です。でも、欧米の援助活動の影に隠れてしまうというのが、たしかに皮肉ですね。

日本の援助方法は現場での「カイゼン」

池上 その通りです。欧米と比較すると、国際貢献の方法論が日本とは全然違うんですね。欧米の援助は、「今からこんな援助をします」という具合に、極端にいうと「上から目線」で予定を決めてしまい、その援助が根付くかどうかにかかわらず終わりの期日をびしっと引きます。トップダウン方式ですね。

 日本の援助はまったく逆でボトムアップ方式です。現地のコミュニティーにスタッフが混ざって、何が困っているのかを丁寧に聞いて、必要なやり方を一緒に考えていく。日本人的なキメの細かさが、現地の信頼を集めています。

 ボトムアップで現地の人たちに混ざりながら援助活動を行うから、成果を着実に上げているのに目立たない。これが日本の国際貢献の問題です。

 ただ、アフリカに関していうと、日本の援助は非常に歓迎されています。今回取材をしたアフリカの大半の国々は長年欧州の植民地でした。そんな歴史があるだけに、今でもアフリカの人たちにとって旧宗主国である欧州諸国に関しては特殊な感情を持ち合わせています。一方、日本はアフリカと政治的な関係が歴史的に薄い。南北問題も存在しない。だからこそ、安心して助けてもらえる、という印象がアフリカの側にあるのは事実です。

 現代における欧米の国際貢献は、かつての「宣教」に近いところがあります。蒙昧な人々を変えてあげようという、文字通り啓蒙と布教の経験が国際貢献にも引き継がれている。

 幸か不幸か、日本は途上国への宣教の経験がありません。だから現地人の中に入って、企業が戦後現場主義でボトムアップで成長してきたように、「カイゼン」を進める。上からの命令じゃなくて、現場でトライ&エラーを続けながら、成果を出していく。

 日本の国際貢献の方法論がボトムアップの現場主義であること、「目立たない」からこそ、実は継続的な成果を上げていること。この2点を頭に入れて眺めると、日本の援助の見え方がずいぶん変わってくるはずです。

ーー 日本の国際貢献が実は機能していることはよく分かりました。けれどもこれだけ不況が続いて、企業も市民も苦しいと漏らしているとなると、もはや日本が改めて他国を救う余力なんかないのではないか、という意見も出てきます。

池上 日本の景気はたしかにずっと低迷していますし、個人の生活を圧迫し続けるのもよく分かります。でも、アフリカなどで貧困に苦しむ人たちに比べれば、相対的には、まだましな状態のはずです。

 いまの日本があるのも、国際貢献のおかげなんです。第二次世界大戦の後、焦土と化し、餓死寸前だった日本人の多くは、1947年から51年まで続いた「ガリオア・エロア」という2つの食糧援助によって生き延びました。さらに、世界銀行の資金援助があったからこそ、高度経済成長への基礎を築けたんです。

 国際貢献によって立ち直った日本は、今度はアジアに対して継続的な国際貢献をしてきました。道路を作ったり、橋をかけたり、インフラ整備を進めたわけですね。これが一時は「ばらまき援助」といわれたものですが、実はこのとき日本が施したインフラの整備によって、東アジアの経済の離陸スピードが間違いなく速まりました。

 それが「東アジアの奇跡」と呼ばれる経済発展として結実します。アジアは急激に成長し、いまでは生産拠点としても市場としても日本を支えています。 2009年の日本の輸出額のうち、54.1%をアジア向けが占めています。つまり、日本の援助はアジアの経済発展を促すとともに、日本のアジア進出を支える基盤ともなったのです。国際貢献が日本とアジアにウィンウィンの関係をもたらしたわけです。

 では、21世紀、改めて日本が支援すべき国や地域はどこでしょうか。それは、アフリカ諸国であり、西南アジア、中南米です。これまで日本には縁遠い地域でしたがこれからは違います。BOP(ベース・オブ・ピラミッド)という言葉はご存知ですね。

ーー はい。年収3000ドル未満の、経済的に恵まれない途上国の低所得者層のことですね。40億人前後いるという試算もあります。

池上 これまで「市場」としては無視されてきたBOPが急激に購買力をつけ、まさにBOP市場として成長しようとしています。一説によると500兆円以上の潜在規模を誇るとも言われていますね。

 さらにこうした途上国も含め、環境をキーワードにインフラの再編も各地で起きています。かつて国際貢献でアジア諸国の経済成長を促し、日本の経済にも結果として恩恵をもたらしたように、今後はこれまで日本とは縁の薄かったアフリカをはじめとする途上国との関係の構築が、日本の生き残りのためにも重要になってくるはずなのです。

ーー 次回は、こうした途上国のBOP市場と国際貢献とのかかわりについてお伺いしたいと思います。

(次回につづく)

2010年11月4日木曜日

火曜日の日記

11月2日火曜日。


仕事後に一度着替えて、

マイメンAJと迎賓館前のTokyo Designers week会場へ。


毎年行っているが、今年もサックリと会場を一周。



今年気になったのは、新興自転車メーカーの出展。

異業種のブースがランダムに並んでいる中で、

自転車系だけが軒を連ねて出展していたので目立った。



自転車ブームが新たな細胞分裂を始めて、

アートフィールドに進出し始めたこと。

日本人って、こうやって独自のクリエイションが始まると面白いモノ作るから、

個人的にはあまり興味ないんですが、ちょっと注目です。



次に有楽町に移動して、M-Tと合流してガード下で腹ごしらえ後、

終電近くに新木場agehaにて開催のBody & Soulへ。



滅多にクラブで遊ばなくなったが、

久々に体にムチ打って遊びに行くと、

気持ちが若返って良い。

Francois Kの音だけが進化してて、他の2人は相変わらずのオヤジハウスだが、

箱で聴く音楽はやっぱり格別。



5時を過ぎて有楽町線にて帰宅を試みるも、

夜更かし及び多量のガソリン補給(飲酒。)によって力尽き、

電車を派手に乗り過ごした。


新木場から埼玉のどこかまで向かい、折り返し、

有楽町線に乗っていたはずが気付けば副都心線に変わっており、

飯田橋まで乗り換え無しの20分で帰宅できるところが、

3時間かけての帰宅となった。



若作りの代償は大きく、

治りかけの風邪が悪化し、

3日文化の日は、せっかくの秋晴れの休日にも拘らず、

恨めしそうに外を眺めて過ごす1日となった。

2010年10月26日火曜日

最近ハマってるラーメン


もう最近銀座に行く楽しみのひとつになってしまった。


「はしご」の坦々麺。


はしご風に言うと「ダンダンメン」。

八角と柚子の風味が効いたスープに、

上品で歯ごたえのいい中華風細ストレート麺。

最近主流のコッテリ系ではない中華しょうゆ味がまた良い。

店員の接客態度だけが残念賞。

2010年10月25日月曜日

日本メディアの情報統制 尖閣渋谷デモに思う

皆さんご存知でしたか?

10/2に、東京渋谷ほか全国で

尖閣諸島の中国の領海侵犯への大規模デモがあった事を。

ほんの数日前まで、私は知りませんでした。

この話を聞いた時、

私はまたもや日本のマスメディアに反吐がでました。



デモに関して詳しくはこちら(動画有り)



これって何なんですか!!

情報遮断、情報統制されたと言わない理由があるでしょうか!?

お笑い芸人や可愛い女子アナの衣を被って、何と危険な状況でしょう!

これじゃ中国と全然変わらんじゃん!



これが日本の、メディアの、実態なのです。

個人が自ら電波を張り巡らせ、実態を掴もうとしなければなりません。

我々1国民のすぐそばにも、巨大な陰謀が確実に存在しているのです。

2010年10月22日金曜日

トンカツ3食

何だか最近トラブルに時間が取られる。

まぁそんな時もあるので仕方なし。



しかしそういう事に集中してると、他の事に頭が働いてない。



最近、もっぱら昼飯はドトールのミラノサンドセット。

コーヒー&サンドウィッチ。

そんな毎日だと腹が減る。

「ウッシ、エナジー補給するぞ」

と意気込んでトンカツ(ロース。旨い。)を食べた。



その晩、自分でセッティングした恒例の新年会の打合せ。

・・・メニュー見るまで本気で気付かなかった。

場所は、とんかつ武信@代々木上原

トンカツ2連チャン。

ってか、なぜその日に限って昼にトンカツ食ってんだ、俺・・・。



でも、武信のトンカツは旨い。

2連チャンだって旨いものはウマイ。

帰りには奥さんに妬まれないようにお土産のカツサンドもGET。



朝、朝食にお土産のカツサンドが並んでた。

なぜこうなると予測できないんだ、俺・・・。

ま、そんなおっちょこちょい3連チャンでしたと。

2010年9月21日火曜日

大恐竜展




大恐竜展@六本木ヒルズ、終了間近です。

週末に嫁入り前の妹と、長男とで行ってきました。

恐竜はロマンです。
興味が無くとも景色も良いので是非。

2010年9月8日水曜日

CET&2k540巡り

先週末、CETと2k540巡りをいたしました。

CET、そして2k540って、ご存知でしょうか。



東京スカイツリー、アキバ、谷根千など以前と比べて話題も豊富になってきた、山手線の東側エリア。

このCET、2k540というのも、東側への注目が高まる中での1つの流れでしょうか。


         下町の風景って惹かれるよね。



前置きが長かったですね。

ではまずはCET


Central East Tokyoの略です。
神田、馬喰町、馬喰横山、東日本橋、浅草橋、蔵前などに点在する
ギャラリー、カフェ、ショップ、イベントスペースなどの総称と捉えて良いでしょう。


          とても居心地よいOnEdrop cafe





このCETの店々、随分と広いエリアに点在しています。
しかもそれぞれが点で存在しているので、歩いて回るとエライ疲れるし、
しかもその店と店の間は特に繁華街じゃないのでつまらない。

これらを括ってCETなんて命名している辺りが
不動産業者の企みじゃないかなどと邪推する気持ちもあるのですが、
クリエイター主導の企画とのことです。

巡った感想としては、各ショップなりの面白さがあるのですが、
東京人がわざわざ“この街に”訪ねてくるには色々と課題があります。



          ここは面白い。CET最大の見所アガタ竹澤ビル。
          建物の入口や共用部分は怪しい感じですが・・・




            中のお店はいい感じ!



            アガタ竹澤ビル隣のフクモリは人気店だそうです。
            





ゾーニング(括るには範囲広すぎだし。)や、
キラーコンテンツの誘致(地元以外の人がわざわざ来る理由が。)
などなど、人が集まる仕掛けを再考する必要があるでしょう。

とはいえ裏原宿がかつてそうであったように、
こうした種が東京の街を変える力となることに期待し、注目したいです。

しかし新宿や表参道、渋谷、六本木に代官山などなど、
カルチャータウンとして名高い街々が何十年もの経緯があって成り立っていることを考えると、
CETが一般にまで認められる魅力的な街を作り出す力となるにはまだ時間が掛かりそうです。


         魅力的な品揃えの2輪車グッズ屋“Tokyo Wheels”



続きまして、2k540


こちらはJRの秋葉原駅と御徒町駅の間の使われていなかった高架下を活用し、クリエイターを集めたカルチャーゾーンにしようという試み。
アキオカアルチザンというJR東日本の取り組みです。


両駅の中間辺りある為に便が悪いこの場所は、
御徒町高架下の飲み屋も途切れて寂しくなる、エアポケットのような場所です。

そこに現在は皮職人やアーティスト、ジュエリーデザイナーのショップなど
4店舗のみ先行オープンしており、
一見まだ入ってはならないのではと思わせる陰な雰囲気を漂わせておりますが、
12月にはグッとエリアを拡大して第一期工区がオープンするようです。


           巨大建造物ってのはやはり魅力的だぁ…
           工事中に一部細々と頑張られております。



こちらは早々に結果が出て面白そうです。
JRの後ろ盾、駅近(め)で1箇所に集中し、
高架下というサブカル臭のするロケーションが相まって、
この年末には話題としてちょっとした盛り上がりを見せる予感がします。



私はNYという街の息吹が大好きです。

NYでノリータ地区ってところに注目!とかFIGAROで取り上げられて、
勇み足でノリータを訪ねたら3~4件のブティックがあるだけで全然面白くなかった。
しかし年々盛り上がってきて、SOHOから連なる洒落たエリアに発展していった。
ウイリアムズバーグも、ミートパッキングマーケットもそう。
あの街のどこかで種が蒔かれ、それが広がっていく様を垣間見た。

東京でも裏原宿に始まり、中目黒や恵比寿、文化村の裏手など、
NY的な広がりが起こるようになった。

街が発展し、賃料が高くなったから、賃料が安い場所にムーブメントが流れるのがサブカルチャーの醍醐味。
ならば山手線の東側、通称セントラルイーストには、
あらゆる意味で注目すべきだし、そのポテンシャルは備えている。

思い出レコードの整理


うちには過去8000枚以上のレコードがあった。

結婚して引っ越す時、4000枚ほど売った。

そして旅に出るとき、更に2000枚近く売った。

それでもまだ大量にある。棚一杯&ダンボール少々。




最近聴かないものも多いにも拘らず場所をとって仕方が無いので、
もっと減らそうと、最近棚を端から端まで整理(試聴)している。


以前整理した時も毎度のことなのだが、


…良い曲だなコレッ!


とかいって久々に聴き込んじゃって全然すすまない。



ただ今回の俺は鬼になる。



良い曲だろうと何だろうと、
古臭かったり、今俺が現役DJだとしてもかけないと思う曲は、
タタキ売る。タタキ捨てる。アゲル。



しかしやはり俺と青春を共にしたレコード達。
思い出に残る曲がゴロゴロ出てくる。
そういう曲たちは大切にしたい。



しかしあれです、
思い出に残ってる曲ってのは失恋した時聴き込んだ曲が多いです。
その曲を聴きながら、横目にうるさそうにしているカミさんを見ると複雑な気持ち。



そんな最中出てきた超思い出の1曲をどうぞ。
歌詞を訳すと、俺、相当キモい?とか思いますが、
当時は歌詞もよくわからずに聴いていたのでその辺はご愛嬌で。



For real “ You don't know nothin' ”

俺が好きだったのはコレのHOUSE Ver.なんだけどね。




そんなこんなで聴いてると、
自分の音楽センスも流石なもんだと自画自賛しながら、
久々にDJやりたくなった。



近年ずっとDJイベントをやりたいと思い続けている。
しかし昔と変わらぬクラブイベントをやるのは今の気分じゃない。



NYのDJラウンジみたいな雰囲気。
大箱向けのDJじゃ無いけどセクスィでノレる音楽かけて、
出会いとトークとリズムで満たされるような時間。



誰か面白いイベントやりたいと胸に秘めている人、
一緒にやろう。

2010年8月24日火曜日

盆のひとコマ

お盆に行った天城高原での早朝ゴルフ。
GPS付きオートカートで完全1人プレイ。
エライ気持ちよかった…



        鹿が…



        こんな近かったり…



        富士山こんなだったり…


ティーグラウンドにイヌ鷲が仁王立ちしてたりして。

あ、スコアはあまり気持ちよくなかったです、はい。

どなたか今度ご一緒しましょう。

2010年8月9日月曜日

タマゾン川

タマゾン川という俗称をご存知ですか?



多摩川に、飼い主が飼えなくなった熱帯魚を放流したせいで、
今や川に外来種が約200種程生息しているとか。
まるでアマゾン川のようになっているようで。

それを皮肉って“タマゾン川”ってなかなかナイスネーミング。



ロングノーズガーパイク
グッピー
エンゼルフィッシュ
アロワナ
そして何とピラニアまで!!
しかも増えているらしい!



おいおい何をしておるか!
飼えなくなって放流するったって、ピラニアはマズイよ…

2010年7月16日金曜日

道具と運

タイトルは、ある極普通の、
ゴルフ歴40年強の老齢アマチュアゴルファーの言葉である。





「ゴルフって何なんすかねぇ」
「ゴルフは道具と運ですよ」





ゴルフをアクティビティとして楽しむカジュアルゴルファーにとって、年輪を重ねた、深く有難いお言葉である。





ゴルフのような楽しみたいんだか苦しみたいんだかわからん自虐的スポーツでは、このような逃げ口実に救われる。





こうしてゴルフ商品とダイエット商品は売れ続ける。
道具を変えてみんな上手になったら道具は売れなくなる。
ダイエット商品でみんな痩せたらダイエット商品は売れなくなる。
でも調べてこだわって、何かやってる気になるのが気持ちいいという心理をつかれてしまう。




今日人生で始めてゴルフクラブを買った。
ほぼ病気に近い、イップス直前のパットをどうにかしたい。





アホみたいに試打した。
アホみたいに何本も試した。





その中で自分に合った極上の一本を見つけた。
自分で選び抜いた道具。身銭を切った道具。




モノからこだわると俄然ヤル気が出る。
きっとパターがグッと上手になっただろう。


俺はあと何本パターを買うことになるんだろう…。

2010年6月11日金曜日

南アフリカという場所を



ワールドカップ、楽しみです。
代表のネガティブな前評判は無視して、楽しむ準備は万端です。

せっかくの4年に1度のお祭り。
ワールドカップ参加国として観戦できる幸せを感じつつ、盛り上がっていきましょう!






そんな最中、早速入ってきてますね、犯罪情報。


今朝のニュースでは中国人メディアが襲われたり、ギリシャ選手が盗難にあったりと。
恐らく現地を知らない日本の方々はみんな、
「南アフリカ、超危ない!殺されたり強姦されたりするかも?!」
なんて思っているのではないかと。

確かにそのイメージ、間違ってません。
何てったって公式に確認されているだけでも
毎日平均50人以上殺され、150人以上強姦されてます。


しかしせっかく旅で訪れた身として、
もう少し生(ナマ)の南アを伝えたいなと。



確かに都市の犯罪は危ない。
スーパーデンジャラスなイメージの中心ヨハネスブルク。
行ってないから聞いた話しですが、
バスを乗り換える数十メートルですら危ない。
空港からタクシーに乗るまでの数十メートルですら危ない。
こんな感じ。

私達の訪れたケープタウンも危ない都市として有名。
日中普通に街を歩いていると、後ろから鎌でアキレス腱を切られ、
歩けぬところを身包み剥がすって類の犯罪がよくある。
街はスラム街に囲まれています。



ここまで書くと、「全然ニュースで言っていることと変わんないジャン!」
なんて言われそうですが、
要はニュースから伝わってこない、あのすがすがしい国の空気感を
私達のホームページを見て感じてもらえたらってことなんですわ…。



世界一周の旅 クズワニズム宣言 南アフリカ①
世界一周の旅 クズワニズム宣言 南アフリカ②
世界一周の旅 クズワニズム宣言 南アフリカ③




人のいる所に住めないところはない、
南アフリカには日本で想像している何倍も素晴らしい場所があり、
素晴らしい人がおり、素晴らしい暮らしもあるのです。

危ないイメージのケープタウンでさえ、
犯罪さえ気をつければカリフォルニアにいるようです。

一握りのイメージで括ってはいけません。



色んなイメージを膨らまして、
みんなで4年に1度の祭典を楽しんでいきましょう!

2010年6月2日水曜日

クールビズ

本当に過ごし易くて良い日が続いてます。

そんな快適な最中、我が職場でクールビズが始まりました。







思い返せば昨年まで。

社長の頑固なこだわりにより夏でもネクタイ着用だった我が社。



そして7月も半ばに近づく頃に鶴の一声が。

「暑い!温暖化のご時世に夏の日本でネクタイはもう無理だ!
明日からクールビズ!」

…ありがたい一声でした。







そして今年。拍子抜けするほど快適な日々。

全然暑くないんですけど。

去年の今頃ってもう既にすごく暑くて、

ノーネクタイが羨ましかった気がします。

喜び勇んでクールビズ仕様のお買い物までして準備してしまった私。

いくつになっても夏って楽しみ。

早く夏よ、待ってるぞぉ!

2010年4月21日水曜日

日教組トップの感覚

民主党政権の政治に憤慨している方は少なくないでしょう。

私も特に外国人地方参政権付与には亡国の危機を感じ、

遂に黙ってはおれずにこのブログにも以前記載しました。




その民主党の、最大支持母体である日教組(日本教育職員組合)。
日教組とは即ち公立小中学校の先生で作る組織。

よく国旗掲揚で起立しない先生とか、
国歌を歌わない先生とかで話題になってるのもこの組織に属す人の一件。

その日教組のトップの記事が日経に出ていましたので、

そのフィーリングを少しでも伝えた方が良いかなと思い、このブログに掲載します。



日経ビジネスONLINE 2010年4月21日(水)
「日教組」ってイメージ悪い?
インタビュアー杉山 俊幸(日経ビジネス副編集長)



与党民主党を支持する最大組織日教組トップの感覚です。





只今、こうした方々の意思が働いて、

我々日本の国を代表して、政治が行なわれています。

我々が次の選挙でどういう行動を採るべきかが問われています。

2010年3月30日火曜日

六本木アートナイト











先週土曜日~日曜日にかけて、
夜通し六本木の街をアートするイベント
六本木アートナイト”なるイベントがやっていたので、
野次馬根性で覘きに行った。


このイベント、今年で2年目らしい。


六本木には私と対して変わらぬテンションの、
夜な夜なお祭り事を求めていそうな輩がワンサカ。













近年アートがブーム化してる。
若かりし頃、大きなクラブイベントやレイブに集まってた類の輩が
かなり乗っかってきている感があります。



But、かくいう私はこのブームにイマイチ乗り切れない。
素人だし、アートがわかった様な面するのも何だか気が引ける。
とはいっても自分なりにアートの良し悪し論を持ってしまっているが為に、
最近のアート(ブーム)に対してはついついクレーマーオヤジ化してしまう。




そんなこともあり、アートナイトに行く前には
“肯定的な見方で参加するぞ”
と自分に言い聞かせて行った訳です。






いくつか催し物やインスタレーション、展示を見る。

どの企画にも遊びの素人玄人入り乱れて人が群がる。
体験型の作品には行列が。







連れ立った友人 「僕、自分の人生にこういう無駄(=アート)っていらないです。」



私 「イヤイヤ、人生に無駄は必要なんだよ、特に効率化ばっかりの現代には。ってか無駄じゃないのかも。」



さらっと肯定してみる。



友人 「ここに集まってる人も、アートの内容も、何かインチキ臭いというか。」



私 「コラコラ、コレだけ人が集まることには何か意味があるんだよ。ほら、現代人は触れ合いや集いを欲してるからね。」



めげずに肯定してみる。



友人 「でも、だったら別にアートじゃなくて何でも良かったんじゃないかって。クラブイベントとか、何かこうハッキリしたコンセプトのものの方が楽しくないですか。」



私 「・・・。」




そんな話をしている矢先に通りを歩いていると、変なダンスをしているパフォーマーがいた。
イメージとしては、レギンスを穿いて、(猫ひろし+ラッキー池田)÷2みたいに踊ってる、オカマ版オザケン




周りに女の子が数人取り囲んで「やぁ~カワイイぃ~」とか言いながらガブリ寄っている。
この黄色い掛け声にパフォーマー、益々ハッスルし、謎な歌(言葉?)を歌いだす。
女子に浮かれちゃう様は、私にお笑い芸人とアーティストとの識別を困難にさせる。

パフォーマーの横にこのアート名の書いてある立て看板があった。
覗き込んでみる。



タイトル

“みんなでハッピー”





…やべぇ冷めてきた…。












イベントへの消化不良と夜の空腹に勝てず、
そのままクレーマーオヤジは立つ鳥後を濁さぬように居酒屋へ。
ガッツリ食い飲みした後、中目のクラブへ。




オヤジはわかり易い方が楽しい。
脳みその硬化を実感した夜でした。

2010年3月15日月曜日

代官山とアラサー




この週末にちょっとした用事で代官山に行った。




久々に行った週末の代官山はなかなかイイ感じで賑わっていて、

私の旧職の戦友K君曰く

「え、もぅ代官山終わってますよ。
 もう5~6年前からっすよぉ~、
 イケてるお店の新店開業も全然ないっすよ。
 代官山で面白いところ教えろって、そりゃ葛和さん無理っすよぉ。」

なんていう言い様だったので、
その割には色んないいお店も出来てるし、
相変わらず高級車ばっかり駐車されてるしといった感じで
華やかな楽しい街のオーラは健在だった。




その中でも目立ったのは、子供服(用品)屋と子連れ。
すごい数の子連れ親子が街に溢れてる。こどもビームスとかの周辺。
まぁ、我々もそのうちの1組なんですが。

明らかに代官山の子連れ、増えました。

もちろんショップの集客力によるところも大だろうけれども、
代官山みたいな、自分達が学生時代から遊んでいた街が
何ともほのぼのとした空気に変わったと感じさせられた時、
アラサーアラフォーのパワーを感じるのです。

何てったって団塊ジュニア近辺世代、数の原理。
そしてバブルをかじった遊びパワー。
子供がいたって不景気だって何か足動かして遊びまわりたいんです。


確かにデパートも苦しいわけです。
自分達の子供の時って、
楽しくもなんともないのにデパートで買い物につき合わされましたよね。
それが今やフィールドは原宿や代官山って訳です。
お客はデパート以外の選択肢をたくさん持っているアラサーアラフォー達。




それにしても最近心配なのが若者。

街を歩けば若者よりもアラサーアラフォーが大手を振るって歩き、
政治は数の多い爺婆と子育て家族(アラサーアラフォー)政策ばっかり。
クレーマーとか無関心とかばっかりで、
ヤンキーやチーマーやコギャルが生まれてくる隙も世の中が与えてくれない。


いっそのこと不満を世の中に爆発させて、
学生運動よろしく今の不条理な世の中にドロップキックかますくらいに
はっちゃけてもらったほうが頼もしい。



そして話は戻って戦友K君の嘆き。
確かに気持ちはわかる。
きっと景気は悪いんだろう。昔みたいに夜な夜な街に集まる輩も減ったんだろう。
何かみんな大人になっちゃったんだね・・・。


・・・
でも心配はいらんぜ。
よく見てみれば、イケイケだったあいつが
子連れでショッピングしに代官山に戻ってきてるかもしれないぜ!

2010年2月10日水曜日

MJからチャップリン




昨今ご存知のマイケルブーム。
マイケル狂としては、当然渦中なんですが。
マイケルの歌っている曲“SMILE”は、チャップリンの曲です。





チャップリンを知らない人はいないだろうが、
チャップリンの映画を1本まるまる見たことある人も意外と少ない。
私もなかった。

先日千代田図書館の棚にポッと積まれていた“モダンタイムス”を手にとって、
SMILEが頭で流れた。
知ってて知らないチャップリンを、
もう少し知りたいという気持ちが沸いた。






そして映画を見た感想から言おう。素晴らしかった!

実際映画を見ると、映画のテーマから演出、展開、ダンス、音楽と、
ものすごく細かい部分まで計算しつくされている。

チャップリンは演じるだけでなく、監督、プロデュース、ディレクション、脚本、
そして作曲まで自身で手がけるのは有名だ。
(知識先行で実際どんなもんだかは先程も記した通り、知らなかった訳だが…。)






今よりずっと映画技術に劣る時代だが、面白く見せる為の演出は見事。

正直見る前は、古臭くて90分も見ていられないだろうと高をくくっていたが、
字幕、音楽、ダンス、効果音、映画のセットなどをリズム良く展開させる事で、
その世界観に引き込まれる。(←マイケルも影響を受けただろう)
最後まで楽しみながら見ることが出来た。

そして何よりこの映画から伝わってくるメッセージが温かい。






重要なメッセージを素晴らしいエンターテイメントとして伝える事の出来る完璧主義者。
正にマイケルジャクソンと同類、いや彼にとってチャップリンは偉大な先駆者だ。

きっとマイケルの孤独なまでの天才的才能は、
チャップリンという先輩と繋がることで癒されていただろう。

2010年2月5日金曜日

中川昭一

小泉総理時代から、
総理大臣がメルマガを発行しているのはご存知の方も多いだろう。


鳩山首相も類に漏れず
鳩山内閣メールマガジン“ゆう&あい”を発行している。



メルマガには一般読者が感想を送ることが出来、
そしてその感想も毎週掲載される。



政権発足当初は
「頑張ってください!応援しています!」という感想に溢れていた。

しかし最近ではすっかりその内容がクレームばっかりになっており、
論調も激しさを増している。



そりゃそうだ。
経済政策、政治と金、マニュフェスト破り、外国人参政権、実力不足、優柔不断…
私が言うまでもない。
一言に言って、期待はずれだったのだ。




先日とあるメルマガに、久しぶりに聞く名前が出てきた。

中川昭一

そう、例のG7での“居眠り会見”で、
政治に明るくない人にまですっかり有名になり、
財務大臣辞任を余儀なくされた、
そして昨年突然亡くなられた、あの中川昭一氏だ。




久々に名前を聞き、中川昭一でググッてみると、
何と、まだオフィシャルホームページが残っていた。



そこには氏が現世に残していった警告と共に、
メディアの低俗な部分が貶めた氏への世間へのイメージとはかけ離れた、
愛国心に溢れ、優秀で、立派な政治家の姿が滲み出ている。
(公式サイト内“中川昭一が語る”)



ちょうど私がバックパッカー旅行をしている最中、
ブッシュが2期連続で大統領になったことを思い出した。



アメリカのバックパッカー仲間が「ブッシュが再選したらアメリカは終わりだ」
なんて言っていた。
私達もそうだねぇなんて調子で言っていたら、まさかの再選をしてしまった。



アメリカ人ってのは所詮自分達の幸せの為に
他国を平気で不幸にする人間が大半なんだと思ったものだ。




今となってはアメリカ人も、自分達が選択した過去を非難している。
あたかも他人が決めた事かのように。




民主党政権を選んだのは私達だ。
このメルマガへの感想を読み、
そして中川氏の“こうなることは事前にわかっていた”
と言わんばかりのホームページの内容を読むと、
ふとそんなアメリカとダブって感じたのだ。




この中川氏を私達は落選させ、追放した末に、
今の民主党政権があるのかと思うと、
何とも複雑な気持ちになる。
時代の狭間だなぁなどと呟きたくもなるというもの。

2010年1月25日月曜日

風邪と酒

息苦しくて、胸焼けも酷い。頭痛。
体も節々痛む。明らかに発熱している。

土曜日の朝は最悪の体調で始まった。
何とか一日をスタートさせようと、起きてすぐトイレに駆け込み口に指をを突っ込む。
胃酸を少しでも薄める為にヨーグルトをねじ込む。熱を計ると38℃強。

金曜日も体調は悪かったが、どうしてこんなに悪化してしまったのか理解できない。
そしてどうにも、昨晩どうやって家に帰ってきたか思い出せない。



金曜日の夜は、我が子の通う幼稚園のパパが集まる“パパ会”だった。
この会は今回が開催第一回目であり、殆どの人が初対面の人ばかりだ。
正直行く前は
“そんな面識のないパパばかりが集まって盛り上がるのだろうか”という不安と、
“子供が幼稚園に通う様になった事で生まれた新しい出会い”への楽しみが入り混じっていた。




パパ会参加に向けて家を出る時に妻より、
「ちゃんと楽しんできてね!」の言葉。

酒を飲みに出かける夫にこんな温かい言葉をかける妻がどれだけいるだろうか!

実は今回のパパ会は、奥様連中が会の情報を各々の夫に連絡網として回している。
オール奥様公認の飲み会なのだ!
そんな訳だから、送り出す妻の雰囲気が何とも感じが良い!
いつも背中から何ともいえぬ重たい空気を感じながら家を後にする私には、
不慣れであり気恥ずかしくも、背中を押されて出発。





普段絶対にもらわぬ言葉をもらって、こりゃ楽しまなきゃいかんな、
場の空気がシラけていたら盛り上げにゃならんな、
そんな気負い気味の姿勢で会場に着いた。

会場には、妻の情報とは大きく異なる大人数のパパ(妻は参加者5~6人位と言っていた)が集まっていた。
総勢16人。
学年も違う子供のパパ同士が探り合いながらも肩を並べて座っている。

そんな一歩間違えばどっチラけそうな環境ながら、
なぜかパパが皆楽しそうである。お喋りも進む。
パパ会である。当然子供の話にもなるし、そうなれば当然妻の話にもなる。

話が進むうちに解ったこととして、どのパパも皆、
珍しく嫁さんに気持ちよく送り出されたそうなのだ。

幼児のパパとして、酒飲みに行ってくるといってここ数年、
嫉妬と嫌悪の目で送り出され続けてきた我々パパにとって、
皆が皆久々に清清しい見送りを受けていたのだ!

羽を伸ばしたパパ(男)というのは大抵アホになる。
お酒が進み、口が滑るようになってくると
「妻公認ということで、今後も毎月こういうのをやりましょう~!」
なんてノリになってくる。

帰る方向が同じ方向のパパ達とタクシーの中で
「もう一杯行きましょか!」
ということで2件目へ。





。。。何となく覚えているのだが、最後が解らない。
起きて吐いて胃を落ち着かせて冷静になってみて、
過去唯一記憶を無くすまで飲んだ時のあの悲惨な状況を思い出した。

その時は、お店の中でシンガポールのマーライオンもビックリの状態。
何とかたどり着いた自宅では服を着たままシャワーを浴び、
風呂場の蛇口を破壊するという大失態を犯した。

血の気が引く。今回は大丈夫だっただろうか?!
昨日着ていた服をチェックする。嘔吐物やら汚れはついていないようだ。
そして綺麗にたたんで棚にしまってある(汗)

2件目に一緒に流れたパパにメールしてみる。
「昨日は楽しかったですね。実は途中から記憶がありません。ご迷惑お掛けしませんでしたか?」

ドキドキしながらメールの返答を待つと、直ぐに返信が。
「実は私もです。」

誰もあの晩の終わり時のことを覚えていないようです。

何処まで騒いでしまったんだ、金曜日の夜…。

土曜日は1日の予定を全てキャンセルし、療養いたしました。

2010年1月14日木曜日

S50thS新年会 


今年もやっと開催です。



恒例の1月第3週末。今年は日曜日。
17時@テーブルスタジオタキトー(赤坂)


今年は久々の人や新しい人も来てくれるだろうか。
例年来てくれている人もまた来てくれるかなぁ。

毎年続けていると、この会の有難味も感じなくなっているかもしれないが、
急に無くなったらそれはそれで寂しいだろうな。
なかなか同世代で、幅広いキャラの参加者を集めるってことは
改めてやろうと思っても難しいだろうから。

そう思うと、次回も何とか開催せねばと思うワケです。

毎年、幹事仕事でパタパタしてゆっくり皆と話せないのですが、
今年の私はいい意味での脱力感。
しっかり会を楽しませてもらおうかと思います。

2010年1月6日水曜日

新年ご挨拶


新年明けましておめでとうございます

2009年は、気付きの年でした。
2010年は、如何にかたちに出来るか。実験の年です。

コツコツと、ジリジリと進んでおります。
みんなで楽しい一年を過ごしたいですね!

本年も宜しくお願いします <(_ _)>